盤珪禅師「盤珪仏智弘済禅師御示聞書 上」(6)

十七 ある僧が尋ねた。私は熟睡した時に夢を見ることがございます。夢はどうしたことで見るのでしょうか。このことが承りたくございます。

 師は言われた。熟睡すれば夢を見はしませんわな。夢を見るのは熟睡というものではない。

 僧に言葉はなかった。

 

十八 禅師は、美濃の国、妙法山正眼寺*に至り、国師を礼拝した。寺の住職は皆とともに禅師に説法をお願いした。師が仰るには、ここは関山国師の道場で恐れ多いので説法はいたしませんと固く辞退されたけれども、是非にと寺の役僧たちが願うので、説法をなさった。住職は椅子を飾ってそこに招いたが、その椅子にはお座りにならず、下座にてお話しになった。「法を知る者は恐れる」というのはこのことである。

正眼寺妙心寺開山、関山慧玄禅師(1277年~1361年)が隠棲し修行した跡が寺院となったもの。

龍門寺本[播州(播磨の国、現在の兵庫県南西部)網干(あぼし)龍門寺開山、仏智弘済盤珪禅師、元禄二(三)年巳巳(庚午)(1689年から1690年)の冬の頃。竜門寺における大結制(修行期間の開始)の時に、錫牒(しゃくちょう、寺に逗留している者の帳簿)に記載されている修行者の数は、全部で千六百八十三人であった。曹洞宗臨済宗の二宗をはじめとして、律宗真言宗天台宗、浄土宗、門徒浄土真宗)、日蓮宗の人々が座に連なり、凡人も聖人も同居し、龍も蛇も混ざり合って法座を取り囲んだ。本当に禅師は、この時代一代の天人の如き師であり、仏ではないかと思われる。ある時、禅師が高座に上がられて、僧侶も俗人もいる大衆に向かって仰るには、

 この集まりには僧も一般の人も大勢いらっしゃることだが、私が若い時分に、「一念不生」という事に気付きまして、説き聞かせているのでございます。この「一念」というのは、すでに第二、第三に落ちた事でございます。僧のみなさんは不生の身であれば、不生の場には説くべきこともございません。それゆえ仏心は不生にして霊明なものでありますゆえに、いろんな物に移りやすいのであって、その対面した物に転じ、変わってしまうことによって、仏心を念に変えなさるなという事を、一般の皆さんにも説き聞かせているので、同じように出家の方もお聞きなさい。]

 

  お示しの聞き書き

 

十九 禅師は大衆に示して言われた。みな、親が産み付けてくださったのは仏心一つでございます。他のものは一つも産み付けはしません。その親の産み付けてくださった仏心は不生にして霊妙なものに間違いありません。不生な仏心、仏心は不生にして霊明なものであって、不生で一切の事が整いますな。その不生で整います不生の証拠は、みなさんがこちらを向いて、私がこのように言うのを聞いておられるうちに、後ろでカラスの声、スズメの声、それぞれの声を聞こうと思う念を起こさずにいるのに、カラスの声、スズメの声が聞き分けられて、間違わずに聞こえるのは、不生で聞くというものでございますわの。そのように、みな一切の事が不生で整います。これが不生の証拠でございますわの。その不生にして霊明な仏心で間違いないと徹底して、じかに不生の仏心のままでいる人は、今日より未来永劫の活き仏でございますな。今日より仏心でいるのですから、我が宗を仏心宗と言うのですな。

 さて皆さんがこちらを向いていらっしゃるうちに、後ろで鳴くスズメの声をカラスの声とも聞き間違わず、鐘の音を太鼓の音とも聞き間違わず、男の声を女の声とも聞き間違わず、おとなの声を子どもとも聞き間違わず、みなそれぞれの声をひとつも聞き間違わず、はっきりと聞き分けられて、聞きそこなうことなく聞き知りますのは、霊明の徳用というものでございますな。これがつまり仏心は不生にして霊明なものということでございます。その霊明な証拠でございますわな。

 もしまた、私は聞くという念を起こしていたから聞いたのだと言う人があれば、それは間違った事を言う人でございますな。私がこのように言う事を、こちらに向いて、盤珪はどのような事を言われるかと、皆耳を傾けて、一心に聞こうとしてはおられますけれども、後ろでそれぞれの声がするのを聞こうと思っている人は一人もございませんわな。ところが不意にひょっとそれぞれの声が聞き分けられて、聞き間違わずに聞こえるのは、不生の仏心というものでございますわの。自分は以前からそれぞれの声がしたなら聞こうと思う念を起こしていたので聞いたのだという人は、この場には一人もおられませんわな。それであれば、不生の仏心で聞くというものでございます。不生にして霊明なものが仏心で間違いないという事を人々がみな徹底して、不生の仏心でいる人は、今日より未来永劫の活如来(いきにょらい)というものでございますわの。仏というのも生じた後の名でございますから、不生な人は諸仏の元でいるというものでございますわな。不生であるのが一切の元、不生であるのが一切の始めでございますわの。不生よりも一切の始めであるものはございませんから、不生であれば諸仏の元でいるというものでございます。

 ところで、不生であれば、もはや不滅ということも無駄な事でございますから、不生と言って、不滅とは申しません。生じないものが滅するという事はないのですから、不生であれば不滅であることは言わなくても知れてあることでございますわな。不生不滅という事は、むかしから、お経や祖師の語録にもそこここに出てまいりますが、不生の証拠がございません。それでみな人が、ただ不生不滅とばかり覚えて、言いますけれども、徹底して不生であることを知りませんわな。

 私が二十六歳のとき、はじめて一切の事は不生で整うという事をわきまえましてから今まで、四十年来、仏心は不生にして霊明なものが、仏心に間違いないという事の、不生の証拠をもって人に示して説く事は、私が初めて説き出しました。ただ今、この集まりの中の僧の中で、私よりも先に仏心は不生にして霊明なものに間違いないという証拠をもって人に示された人があって聞いたということはございますまい。私が初めて証拠を説き出しましたのですな。

 玄旨軒眼目[日本および中国双方において、師より先に不生の証拠をもって人に示した人はいない。この師が初めである。またある時に仰るには、以前私は長いあいだ、そこここで閉じ籠って、今どきの人々の性格を考えて、どうにかして一言で人々の性格にかなうようにと思って、それゆえこのように思いついて、不生という言葉をもって人に示しまして、他のことは言わないのですと。このような直接のお示しは古今に一人である。]

 不生でおりますれば、一切の元でいるというものでございますわの。前の仏が徹底した所も不生の仏心、こんにちは末世でありますが、一人でも不生でいる人があれば正法が起こった*というものでございますわの。みなさん、そうではございませんかの。

 *底本では「おとつた」となっているが「おこつた」と読む。

 禅師が常に不生の正法を人々にお示しになるのは、上記のような通りでございます。そういうわけで、この一節をよく飲み込んで他の細かいお示しを聞かないと、納得できないものである。