永平仮名法語(道元禅師仮名法語)(五)

[「大悟」の項のつづき]

 

今の釈迦仏は、周の昭王(しょうおう)*十四年甲寅歳四月八日に王宮にて誕生され、同三十二年二月八日に十九歳で出家なされ、壇特山**に籠って道の修行をし、三十歳の時、十二月八日の明星が出た時に菩提樹の下で正覚(しょうがく、ただしい悟り)を唱えられ、説法して衆生を導かれること四十九年であった。今、お説きになる経は、最初の華厳経から涅槃経に至るまで、すべてで八万宝蔵(はちまんほうぞう)***のお経である。この仏は衆生を教化する縁がすでに尽きたので、穆王(ぼくおう)****の五十二年壬申歳二月十五日の夜半に涅槃にお入りになる(お亡くなりになる)とき、迦葉尊者*****を招いて、「我に正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)、涅槃妙心、実相微妙(じっそうみみょう)の正法あり、汝独りに授く」(私に一切を照らし包む真実の法、苦しみを離脱した言葉で表現できない心の、本当の姿を示す深く窺い知れない真実の法門がある。今汝ひとりに授ける)とおっしゃって、外面的には金襴の僧衣をお授けになった。これは附法(ふほう、仏法を託すこと)の印である。また伝法の偈(仏法を伝えることを示す詩)に言うには、「法は元来無法である。無法もまた法である。今無法を託するとき、託する法、託された法、どうしていつか法であっただろうか」と。ここから着々と伝えて来て、仏滅後の二十八祖に至るまで二十八代である。達磨大師は、南天竺(南インド)から中国に来て、少林寺において九年間座禅した。そのとき、慧可大師をはじめとして六代目の祖師慧能大師まで、この袈裟を伝え、唐の曹渓に留めて******今にあり、内に伝える心の真理は法〇*******にして今まで途絶することはなく、各人の目前の三昧(無念の状態)だと言う。ここで知るのである、法界(真理の世界)には生老病死(しょうろうびょうし)の四つもない。なぜというなら、心と言うのは無心のことである。法(真理)というのは無相(姿形がない)である。無相であれば生きたり老いたり病んだり死んだりする当体はない。それゆえに毘婆尸仏が言うには、この身は無相の中から生じたのであって、やはり幻として様々な姿形を出しているようなものである、と。幻は元来、本当の姿はないのであるから、現われ出ている姿形にどんな実体があるというのだろうか。このことを知らずに、衆生の心の愚かなることよ、仮の存在にすぎない四大********を本当の物と思って六道に輪廻するのである。心もまた実在の本性というものはないので、生老病死に煩わされることはない。それゆえ仏は言う、人の心というものを悟るならば、元より跡形のないものである。跡形がないのであるから、善も悪もすべて空であって留まるところがない、とお説きになるのである。また華厳経に言うには、病はそのまま法界(真理の世界)でり、心もまた空寂(くうじゃく)*********であるとお説きになるのである。この空寂の心を悟らずに、みだりにこの心を本当の存在だと思って、生き死にの世界を流転して無限の苦しみを受けるのである。それゆえ経に言うには、空の道理を知らないがゆえに生き死にの世界に輪廻するのである、と説くのである。そうであるから、すなわち法界から生まれて法界に死ぬのであり、生まれるということも願ってはならない。もともと法界は生であるからである。また死ぬということも嫌ってはならない。もともと法界は死であるからである。古人が言うように、生とは無生であり、死とは不死である、と。また智覚大師**********が言うには、生というのはあらゆる物事や衆生の源であり、死というのは諸仏が定に入る(働きが止む)という意味である、生に生なく、死に死なし、と。

                         [「大悟」の項つづく]

 

*周の昭王:中国、周王朝第四代の姫瑕(きか)、在位紀元前1102年~1052年。

**壇特山(だんとくさん):北インドガンダーラ地方にあるとされる山。香川県に同名の山がある。

***八万宝蔵:釈迦が一生で説かれたすべての法門を言う。八万四千の法門とも。

****穆王:昭王の子。周朝第五代。紀元前992年~922年。

*****迦葉尊者(かしょうそんじゃ):大迦葉とも言われる、釈迦十大弟子の一人。釈迦入滅後、教団を率いる。

******曹渓に留めて:慧能禅師が衣を埋めたと言われる。

*******法〇にして:底本、〇の箇所が一字判読不能

********四大(しだい):古代中国で世界を構成する四つの元素と考えられた地・水・火・風のこと。

*********空寂:空にして寂滅。寂滅は「生滅滅しおわって寂滅現前す(生まれるとか滅するということ自体が消滅して寂滅が姿を現す)」と無常偈に言われるように、有無善悪の二元を越えた真如を言う。

**********智覚禅師:永明延寿禅師(904年~976年)、法眼宗