夢窓国師仮名法語(八)

有馬の温泉につかられたとき、その山のふもとにお堂があったが、古くなって破損していて雨漏りもしているのをご覧になって、

 

   寺ふりてあめのもりやとなりにけり

                ほとけの仇をいさやふせがん

(寺が古くなって雨漏りがするようになってしまった。仏に害をなすものをさあふぜごう。)

 

土岐伯耆の前司(土岐の前伯耆守)入道存教(土岐頼貞、法名は存孝か)が詠んで贈られた十五首の中に、

 

   をりにふれ時にしたがふことはりを

                そむかぬ道やまことなるらん

(折にふれ、時に従うその道理に、そむかぬ道が本当であるのだろうか。)

 

      返事

 

   ことわりをそむきそむかぬふた道は

                いづれもおなじ迷ひなりけり

(道理に背いたり背かなかったりという二つの道は、いずれも同じ迷いであることです。)

 

   夢の世とおもふもいまのまよひかな

                本(もと)のうつつもなしと聞くには

(夢のようなこの世と思うのも今の迷いであるよ。元になっている現実もないと聞くからには。)

 

   夢のなかにゆめとおもふもゆめなれば

                 ゆめをまよひといふも夢なり

(夢の中でこれは夢だと思うのも夢なのであるから、夢を迷いだと言うのも夢であるよ。)

 

   はなのいろ月のひかりをあはれとも

                 みる心にはいたつきもなし

(花の色や月の光を美しいと感動して見る心は、病み衰えるということもないことだよ。)

 

   さかぬ花いでぬ月ぞと見るときは

                 こころにかかる春あきもなし

(さかない桜、出ない月と見るときは、春だの秋だのという季節も心にはかからない。)

 

   いづくより生まれくるともなきものを

                 かへるべき身となに嘆くらん

(どこから生まれてきたということもないものを、帰って行かねばならない身だと何を嘆いているのか。)

 

   こし方もゆくすゑもなきなかぞらに

                 うかれても又さてやはつべき

(どこから来たともどこへ行くともない中空に月が浮かんでもまたこのように消え果てゆくことだ。人の身も同じこと。)

 

   まぼろしにしばし形をうくならば

                何とさだめてとがといふべき

(幻として少しの間すがた形を受けているものであるから、いったい何を罪とがと定めて言うというのか。)

 

   まぼろしにしばし形をうけけると

                思ふもげにはとがとしらずや

(幻として少しの間だけすがた形を受けたのだと思うのも、本当のところ過ちだと知らないのだろうか。)

 

   いとはじなもとより空にすむつきは

                しばしへだてて雲かかるとも

(はじめから空に澄んでいる月は、しばらくの間、さえぎって雲がかかってもそれをいとわないだろうよ。)

 

   雲よりもたかきところに出でて見よ

                 しばしも月にへだてありとや

(雲よりも高いところに出てみるがいい。少しの間でも月がさえぎられるということがあるだろうか、ありはしないのである。)

 

   いまここにむかふ山路のほかならで

                 たづぬる方をまよひとやせん

(今ここに向かっている山路のほかでもなく、求め尋ねるのを迷いというべきあdろうか。)

 

   目にかけてむかふ山路のおくにこそ

                 ひとにしられぬ里はありけれ

(目指して向かってゆく山路の奥にこそ、人に知られぬ里はあるのだ。)

 

   こころをも身をもたのまず今はただ

                 あるにまかせて世をや送らん

(心も身も頼りにせず、今はただあるにまかせて世を送ろう。)

 

   なにとなくあるにまかせてすむ人も

                 さすが浮世はわすれざりけり

(何とはなくあるにまかせて住んでいる人も、さすがに浮世は忘れてはいないことだ。)

 

   聞くは耳見るはまなこのものならば

                 こころは何のぬしとなるらん

(聞くことのぬしは耳、見ることのぬしは眼であるなら、心は何のぬしとなっているのだろうか。)

 

   はるそとでもえしも草のいろなれば

                 かれ葉の秋もなにかいとはん

(春に外で萌出るのも草の色であるが、枯れ葉となった秋もどうして嫌うことがあろうか。)

 

   思ひなすこころよりこそかはりけれ

                 おなじ草はのはるあきのいろ

(そう思いなす心によって変わるのであるよ。同じ草の葉の春秋の色は。)

 

   よしあしのふたつの道はたえはてぬ

                 こころとてげに姿なければ

(善悪という二つの道は絶え果ててしまったよ。心といって現実に姿のないものであるから。)

 

   なく鴫(しぎ)のさむき夜すがらかづくらん

                   こほりの下のこころしらばや

(鳴いている鴫がこの寒い一晩中水に潜っているのだろうよ。氷の下の気持ちが知りたいものだ。)

 

   住みはてんやまの奥までともなへと[*底本「ど」とするが「と」と読]

                 月にぞかねてちぎりおきけん

(住み果てるだろうこの山の奥までも伴えと、月にかつて約束していただろうか。)

 

   世をすてんのちとは月にちぎるなよ

                あはぬことばの末もはづかし

(世を捨てた後に、とは月と約束するなよ。つじつまが合わない言葉も恥ずかしいことだ。)

 

   かかる身をむなしき物と聞くにこそ

                 世のうきときは思ひなぐさめ

(このような身をむなしいものだと聞くことでこそ、世のつらいときは慰めれるものだ。)

 

   世のうさになぐさむといふ言の葉に

                 身を忘れざるほどぞしらるる

(世のつらさに慰められるという言葉をきくと、身を忘れていないことが知られるというものだ。)

 

   あはれはや柴のいほりのおくやまに

                 ありとも知らぬ世をすぐさばや

(ああはやく柴の庵を結んだこの奥山で、あるとも知らないこの世を過ごしたいものだ。)

 

   身をかくす庵をよそにたづねつる

               こころのおくに山はありけり

(身を隠す庵をほかの場所に探しても、心の奥にその山はあるのだ。)