大応仮名法語(八)

(続)大恵禅師*が言うには、たとえ最後まで通らなくとも、般若(知恵)の中にあると言う。ただこの自分の身のことを思うのならば、自分の身を思わず、木石のようになりなさい。木人は人が打っても痛むことはなく、罵っても腹を立てず、非難しても怒らず、褒めても喜ばず、生をも喜ばず、滅をも嘆かず、こっちは好ましくあっちは疎ましいとも思わず、用いられれば用いられ、捨てられれば捨てられ、風が吹けば動き、雨が降れば濡れる。修行もこの状態に至れば、嫌うべき生死もなく、喜ぶべき菩提(ぼだい:悟りの知恵)もない。さらに修得すべきところもなく、修行すべき道もない。ただこれ、行住坐臥、日ごろの立ち居振る舞いにおいて、自然に任せているものである。そうは言っても、ただひたすら木石のように無心の者になれと言うのではない。ただ、もろもろの事柄において執着の心がないのを言うのである。風が吹けば波が立つが、波を離れて水はない。状況に遭遇して衆生には皆、この惑性(わくしょう:執着して迷う性質)がある。これを救うために〈古帆掛と未掛と小魚呑大魚(小魚、大魚を呑む)〉**と言うが、逆さまである。これはすべて惑性によるである。このように話を提起し、このような体裁になるのも、特別のことではない。ただありふれた道理である。このように、意に添わぬ状況に憤りが生じる、これより他に心があるわけではない。公案を会得、透過して立ち返って見れば、あらゆる物事(万法)は迷いの物事でもなければ悟りの物事でもなく、本来歴然としていて不増不減***である。それで古人は「如何なるがこれ仏法」と尋ねて「庭前栢樹子(ていぜんのはくじゅし)」****と言い、柳は緑花は紅*****とも答えたのである。そうはいっても、またこれこそ仏法だと取り定めてはならない。それゆえ悟った古人は、取り押さえれば(把定)雲は谷口に横たわり、あけ放つなら(放行)月は寒い池に落ちる******と言ったのである。このようなことを自ら疑いない所まで明らかにするのを道者とも仏者とも言うのである。言うまでもない、たとえ人に千年の命があるとしても、必ず最後が来る。いわんや老いも若きも死期に定めのないこの世の中の、今日とも明日とも知れぬ身、何時に期待し、何を頼みとして、いたずらに日を明かし暮らすというのか。世間の移り行く事柄は、何となくとも過ごしていけるものであるのに、昨日は今日のために時を過ごし、今日は明日のために蓄える。あるいはこれは残念だ、あれは悪いなどと思っているうちに悪業はいよいよ積もり、善縁はますます遠ざかる。このようにして長い暗闇におちいってしまえば、後悔しても何の役にも立たない。いたずらに野外に屍を捨てる身であるなら、同じことなら仏法のために捨てるべきである。努め、努めて怠ってはならない。やあお疲れさん。

 

*大恵禅師:大慧宗杲(だいえ そうこう、1089年~1163年)禅師。中国の宋代の臨済宗の僧。看話禅(公案禅)の大成者と言われる。

**〈古帆掛と未掛と小魚呑大魚(小魚、大魚を呑む)〉:原文に以下の頭注(元漢文、読み下しておく)が付されている。〔古帆〕会元に曰く、僧、厳頭に問う。古帆の未だ掛からざる時は如何。頭いわく、小魚、大魚を呑む。掛けて後如何。頭いわく、後園の驢、草を喫す云々。(『五灯会元』(ごとうえげん:中国南宋代1252年に成立した禅宗の伝統記、全20巻)によれば、ある僧が厳頭禅師(828-887年、中国唐代の禅僧)に尋ねた。使い古した帆がまだ船に掛かっていない時はどうか。厳頭が答えて言うには、小魚が大魚を呑みこむ。掛かった後はどうか。厳頭が言うには、裏庭にいる驢馬が草を食む、云々。)

***不増不減:般若心経に出るよく知られた言葉。「是諸法空相(ぜしょほうくうそう) 不生不滅(ふしょうふめつ) 不垢不淨(ふくふじょう) 不増不減(ふぞうふげん)」(これ様々なる物事は空であり、生まれもせず滅することもなく、汚くもなく清くもなく、増すこともなく減ることもない。)

****庭前栢樹子:『無門関』第三十七則。祖師西来意(達磨大師が西から中国に来た心)を問われた趙州和尚が答えた言葉。「庭先の栢(かしわ)の木」。

*****柳は緑花は紅:元は中国の詩人、蘇東坡(そとうば、1037-1101年)の『東坡禅喜集(とうばぜんきしゅう)』に出る「柳緑花紅真面目」から。

******把定すれば雲谷口に横はり、放行すれば月寒潭に落つ:元代の道士、李道純の〈滿庭芳.寂寞山居〉に「把定則雲橫谷口,放行也、月落寒潭」とあるのがもとか。仏法を掴んだと思えば雲が谷口に横たわって山の姿を隠してしまう。執着を捨てて開け放てば波の静まった冬の池に真理の月は清かに姿を現す。